Entry

海に還る星

 黒い岸辺に、青く輝く水面。壁に生えた光ゴケが周囲を照らし、幻想的な情景を演出していた。
 なにもなければ、それは非常に美しい光景だと誰もが思うだろう。
 ……鶏に追いかけられて、どこかの洞窟に逃げ込んだ後、迷いに迷ってここへでたのでなければ。
「――トンネルを抜けると、そこは不思議の世界でした……――」
「放心状態で変なモノローグつけないでくださいっ!」
 どこか遠くを眺めながら呟くカリィに、ミーシャは全力でツッコミを入れた。背後ではグレンがしくしくと泣いている。
「……暗闇の方がいろいろと都合がよかったのに……!」
「訳わっかんないですグレンさん!」
「お望みとあらば懇切丁寧にご説明させていただきますが」
「謹んで辞退させていただきますっ!」
 ちぇー、と子供のように舌を鳴らしたグレンを無視し、ミーシャは左右を見回して自分たちの身に起きたことを思い返した。

 始まりは、鶏だ。たとえそれを聞いた人が「は?」と問い返そうと、なにが何でも鶏なのだ。
 誰かが彼らに危害を加えたのだろう……今となっては確認することもできないが……彼らは群をなしてミーシャたちをおそったのだ。
 ちらりと群の中心を覗いたグレンが言うには、首のない鶏を護るように、鶏たちが集まっていたというから、もしかしたら肉のために彼らを絞めにきた人が何かしたのだろう。……いや、なにをしたのかはもう一発でわかるのだが。
 そして、腹ごなしのおさんぽの途中で行きあった3人は、不幸にもその場面に遭遇してしまい……。
 後は町中を逃げ回って、いつの間にかこの場所にでていたのだ。
「ホント、どこをどう逃げたんだろう……帰れるのかなぁ……」
「……帰ったら町中鶏で大変なことになっていたりして」
「……カリィさん、それ真顔で言うことじゃないです」
 ツッコミ疲れたミーシャが肩を落として呟く。上を見上げると、鉱石のたぐいだろう、星のような輝きが見えた。
「……にしても、不思議な世界ですよね……」
 同じようにこの世界にやってきた男性二人に話しかけると、無言の同意が帰ってくる。3人とも、まさか洞窟の奥にこんな地底湖があるなんて思いもしなかったのだ。
「腹ごなしのお散歩が、ものすごい大冒険になっちゃったね」
「……全くよねぇ」
 しみじみとカリィが呟くと、すぐそばで同意の声がかかった。
 一瞬、3人はそろって沈黙する。そろそろと顔を見合わせて、互い二視線をかわしあった。
(……今の、ミーシャ?)
(違います、けど……)
(ですね。ミーシャさんの口調ではない)
(すると……グレンさん)
(なぜそうなりました?)
(ああ、まあ……俺でもない……と。……あれ?)
 3人はおそるおそる振り返る。視線の先に、知らない人がいた。
「ほーんと、参っちゃうわぁ。何よあのコッコ。思わず悲鳴上げて逃げちゃったじゃないのよ」
 ……男だった。
 ……誰がなんと言おうと、男だった。
 思わず、3人は同時に、全く同じ感想を胸に抱く。それは至極当然な反応だった。
(……誰!?)

「あら、あなたたちこないだ陰司間に来て扉を吹っ飛ばした……」
「「「違いまス。」」」
 反射的に、ミーシャ、カリィ、グレンの声がハモる。表情にありありと「奴とは無関係です」という色が浮かんでいた。男は苦笑すると、あらあら、と小さく呟いた。
「まぁいいわ。とにかくさっきは大変だったわね。鶏の顔も三度までっていうじゃない? まああいつらの親玉、頭なかったけどさぁ」
 かくり、と首を傾げて肩をすくめる男を見て、3人は顔を見合わせる。白い上下の白い帽子をかぶった、白い印象の男だ。口調が非常にアレだが。
「……失礼、こちらの世界の方ですか」
 グレンが左頬に右の手の甲を当ててみせる。あらやだ、と白い男は手をひらひら振りながら首をカクリと揺らした。
「やぁね、前に会ったでしょ、あたしたち!」
 ……そういう意味ではないのだが、と言いかけて、グレンは黙りこんだ。カリィが代わりに問いかける。
「ゼーレヴィアに住んでる人ですか? あの、どこかで会いましたっけ」
 だからぁ、と困ったようにかくりと首をかしげて、男はカリィにもパタパタと手を振った。
「ほらぁ、陰司間の! ドッキリの仕掛け人よぉ!」
「ああ!」
 声を上げたのはミーシャだ。「『ねぇあんたたち、弟知らない?』って言ってた人だ!」
「そーよ! ミーシャちゃん良く覚えてたわね!」
 手放しでほめられて喜ばない人間はない。ミーシャは照れ臭そうに頭をかいた。
「にしても、よくここに来られたわね、あなたたち」
 しばらくきゃっきゃと喜んだあと、白い男は3人に向き直る。顔を見合わせた後、カリィがさらりと髪を揺らしてため息をついた。
「鶏に追っかけられて、洞窟に逃げ込んだら道に迷っちゃって」
 あらそうなの? と気の毒そうに男は眉をひそめる。「陰司間にもいたのよ、鶏。ホントやってらんないわ」
「……はは、どうあがいても絶望かぁ」
 寒い口調でグレンが呟く。ミーシャは聞きたくないと言わんばかりに両手で耳を覆った。
「そういえば、あなたはここの事をよく知っているようですね」
 グレンが言いにくそうに白い男に問いかける。「……どんなお名前なのかは存じ上げないが」
「ああ、あたし?」
 白い男は肩をすくめた。かくりとまた首が揺れる。「無名って呼んで」
「うーみん。」
 ミーシャがオウム返しに呼びかけると、男は皮肉っぽく笑った。「『ジェーン・ドゥ』ってことよ」
 言うと、無名と名乗った男は地底湖の湖面を指差す。きらりと天井の鉱石が輝き、まるで流れ星のように湖面へ落ちていった。小さな波紋を広げ、輝きを失った鉱石が水の中へ沈んでいく。
「ここはね、星終海。命が沈み、生まれ変わる場所よ」
 まあ、いつからここにあって、どうしてここにあるかは分からないけれど、と付け足し、無名は湖面を覗き込もうとしたカリィに声をかける。
「落ちたら助からないわよ。ここの水は浮力の無い弱水だから。ぽちゃんって落ちたらどんなに泳ぎが得意なやつでも浮かんでこられないからね。覚悟してねっ」
 可愛らしい口調で恐ろしい事を言われ、カリィは思わず後ずさった。
「芳先生が城隍廟を建てられた時にはすでにあったようだから、かなり古いものね。まあ、創世のときにあったかどうかは分からないけれど?」
 また一つ、星が落ちていく。星終海に墜落した星は、そのまま水の中に沈んでいき、見えなくなってしまった。
「……もしかして、流れ星……いや、あそこに輝いている星の様なもの、全て『命』……ですか」
 いつになく緊張した口調でグレンが呟く。ご名答ね、と無名は首を揺らして笑った。
「流石お医者様なだけあるわ。あの輝き、時には流星群になることもあるわよ。……戦があったとき、災害があったときなんかに……ね」
 低く呟いた無名の言葉に応えるように、天に輝く星たちが一斉に輝き……降った。思わず全員が言葉を失う。このタイミングで……流星群。どんな災害が起こったのか想像したくもない。ぼそりと無名が呟くのが、遠く聞こえた。
「……今日の夜あたり、弔い合戦も兼ねて焼きとりパーティかしらね」
「「「やめてぇぇぇぇぇぇ」」」
 収拾のつかない泥沼の予感に、3人の声が見事にハモった。

 その後、生きながらえた3人はもう一度「星終海」を探したが、見つけることは出来なかった。
 ……陰司間で、舌を出して皮肉っぽく笑う「無名」の像を見つけた以外は。

【海に還る星】(お題 by 星葬

Pagination

Utility

QLOOKANZX