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宝の地図の×印

「だから、ゼッタイ宝の地図だってばぁ!」
「ゼッタイ違うだろこんなの!」

 言いながら、ラシュウミーシャがやってくるのを遠巻きにしていた隻真が、びくっと肩を震わせるのを、シエロは見逃さなかった。珍しいことだ。この男がここまで動揺するなど、短いつきあいとはいえ見たことがない。背後からやる気がなさそうについてくる白夜が、隻真の方を向いてニヤリと意地悪に笑ったのも見えた。それでさらに隻真の肩がはねる。

「あ、隻真さーん!」
「あ……ああ、よくこられた。今茶を用意しよう」

 ミーシャから声をかけられて、隻真はそそくさと奥へ引っ込もうとした。それを見た白夜が、神速の動きで飛び出し、隻真の後頭部で結われた髪をはっしとつかむ。ぐえ、と涼しげな顔がゆがんで情けない声が漏れた。シエロは心配になって隻真を見やる。首がやばい角度に曲がっている……気がしないでもない。

「やあ隻真君久しぶりだね!」

 対して、さわやかな笑顔でさらりと髪など流しつつ白夜が挨拶する。ぎぎぎ、と音を立てそうなぎこちなさで振り返った隻真が、涙目で苦笑するのが見えた。

「……白夜殿、私は確か、昨日も白夜殿と見えた気がするのだが」
「いやだなぁ! 認知症になるにはまだまだ若いじゃないか君!」
「……ああ、そうだったかね。最近生き甲斐を失って食事をしたことさえ忘れ……いや、そんなことはどうでもよい。いい加減髪を引っ張るその手を離していただけないかね」
「……ちえ」

 しぶしぶと手を離した白夜から数歩距離をとり、隻真は己の首をなでた。シエロはそれを見ながら淹れてもらった茉莉茶を口に含む。口の中に広がる芳香にため息をつきつつ、3人の客人と廟の主を交互に見た。本当に珍しいことだ。

「それより隻真さん、これ!」

 ミーシャがうれしそうに紙を広げてみせる。黒いインクで書かれた、ミミズがのたくったような異国の文字と、地図。ちらりと隻真はそれを見やった後、さりげなく頬を掻く手で顔を逸らしつつ呟いた。

「ん、何かなミーシャ殿」
「これ、『カンジ』ですよね!」
「……そのように見えるが」
「隻真さんなら読めるって、璧歌が言ってたんだけど!」

 とたん、どこか黒い気配を一瞬だけはなって、隻真は何事もなかったように涼しげにな表情に戻った。その気配の邪悪さ、思わず後ろでミーシャを止める機会をうかがっていたラシュウが顔を上げ、身構えるほど。

「……なるほど、これを読んでほしい、と」
「きっと宝の地図だと思うの! ほらここ!」

 興奮したミーシャが指さす先には、黒いインクで書かれた×印。ラシュウがあきれたように首を振った。

「だぁから、違うってば。ゼッタイ」
「違わないもん! ゼッタイ宝の地図だもん!」
「……ふむ、今回ばかりはラシュウ殿の言い分が正しいかもしれぬな」

 隻真は「宝の地図」とやらをのぞき込み、口元に笑みを浮かべたまま低く呟いた。

「……? どういうことです、それは?」

 背後からシエロが怪訝そうに問いかけるのに対して、隻真は地図の×印を示してみせる。

「見たまえ。これがあるのはまさにこの場所……廟の地下だ」
「えええっ!」
「うそっ!」

 ミーシャとラシュウが驚いて地図をのぞき込む。二人から離れてから、隻真が軽く頬をかくのを、シエロは後ろから見ていた。

「私の郷里では、このような言葉があってな。『狂わすには四辻、殺すなら宮の下』。四辻とは十字路、宮とは廟の様な宗教施設を指す」

 不気味な言葉に、思わず周囲の温度が凍りついた。言っている内容が宝とは対極なのは、誰の耳で聞いても明らかだった。

「宮の下に封じる宝と言えば……私には嫌な予感しかしないのだよ」
「ほうほう……。つまり、その宝には触れない方がいい、と」

 面白そうな顔をして、白夜が隻真の言葉を引き取る。重々しく肯いた隻真は、また頬を掻いて口を開いた。

「うむ……恐らくは蠱毒の類か。手にすればゼーレヴィアは悪夢の園と化すであろうな。……万が一にでも鶏の首が共に埋葬されていようものならば、私には最早手の打ちようも……」

 ぱさりっ。

 ラシュウとミーシャの手の中から、宝の地図が地面へ落ちた。隻真はそれをおもむろに拾い、意味深な表情を浮かべて二人を交互に見やる。

「で、どうするかね。宝探しを続けるかね?」

 しばしの沈黙の後。

「……えっと」
「遠慮しときまス。」

 二人が仲良く首を振って見せたのを見て、隻真はにっこりとほほ笑んだ。そのまま袂を捌いて身を翻す。

「それはよかった。私としても異郷の客人を苦しめるようなことはしたくない。それでは茶を用意しよう。ゆるりとしていかれよ」

 薄暗い廟の中へ入っていく隻真を見たシエロは、少しだけ残っていた茉莉茶を飲みほして立ち上がる。怪訝そうな目で見つめる3人に優雅に微笑んで会釈をしつつ、「彼を手伝ってきますわ」と一言言い置いて、隻真を追いかけた。



「……それで? 本当の所はどうなんです?」

 のんびりと湯を沸かしている隻真の背中に向かって問いかける。彼は大きく肩を震わせて、しばらくそのまま動かずにいたが、やがて何事もなかったように微笑んで振り返った。

「ああ、シエロ殿。もう茶はよろしいのか」
「ええ、私は。でも3人分を用意するのはさすがに大変でしょう? お手伝いしようと思って」

 それはありがたい、と少しの沈黙の後、隻真は笑った。

「ではそこの茶器を……」
「で、本当の所はどうなんです?」

 顔色を変えず、間髪いれずにシエロは同じ質問を繰り返した。視線をそらし、指先で頬を掻く隻真に、可笑しくなってしまう。思わず笑みをこぼしながら、指摘してやった。

「動揺すると頬を掻く癖がおありなのね」
「――え」

 隻真は顔を上げ、殆ど初めて、苦々しげに眉を寄せて手を下す。それがまたおかしくて、シエロは声をたてて笑った。

「本当は、あの宝の地図に描かれているのは、呪いの品なんかではないのでしょう?」
「……上手く立ちまわったつもりでいたのだが。勘の鋭い者を相手に隠しごとなどするものではないな」

 苦笑交じりに隻真がぼやく。シエロは身を乗り出した。

「教えてくださるでしょう? 『宮の下』に何が隠されているのか」
「……知ったところで、シエロ殿には大して利点はないと思うが」
「あら、それは違います」

 なおも抵抗しようとする隻真に、シエロはにっこり笑ってトドメを刺した。

「私の知的好奇心が満たされます」
「………………」

 今度こそ、ぐうの音もでないほどに言い負かされた隻真は、しきりに頬をかきながら視線を逸らした。しゅん、しゅん、と音を立て始めた茶釜を見ながら、ぼそりとつぶやく。

「……詩集だ」
「……はい?」

 意外な言葉が聞こえた気がして、思わず首をひねり聞き返す。隻真は更に視線を明後日の方へやりつつ、珍しく歯切れの悪い口調で続けた。

「私が生きていた頃にね、何編か書いた漢詩がね……残っていたのだよ、なぜか。私が死んだときに全て、妻に焼いてもらったはずなのだが」

 我が人生の黒歴史だ、と半ばやけっぱちの表情で笑う隻真。ますます珍しいことだ。

「しばらく前に廟内の床下で見つけてすぐに焼こうと思ったのだが、焼くにしても帙を開いて取り出さねばならぬし、それで扱いに困って星終海へね……」

 頬を掻きながら言う隻真に、シエロはおかしさを隠しきれず声を立てて笑った。つまりこの男は、人生の黒歴史を振り返る勇気がでず、隠したあげくに地図まで仕立てて、それが裏目に出たというわけだ。

「隠したら、そのままにしておけばよかったのに。地図など作ったりするから」
「……いや、アレはおそらく……妻だな」

 苦々しく笑いながら、隻真は頬を掻いた。このあたりの地形は夢だけあってかつて隻真が住んでいた町と酷似しているようだ。おそらく生前の妻が廟内のどこかに隠した地図が、流れ流れてミーシャたちの手に渡ったのだろう。

「それだけ奥さん、貴方の書いた詩が世に出てほしいと思っていたんじゃないかしら。私もぜひ読んでみたいです、貴方の詩」

 隻真はそれを聞いて顔をしかめ、盛大にため息をつく。火を落としながら茶葉を用意し、ため息交じりにぼやいてみせた。

「……社交辞令であることをこれほど祈った世辞もあるまいな」

 シエロは答えず、先ほど要求された茶器を出して来て、にっこり笑って隻真に渡した。

作成にあたり、あるホラー小説の台詞を引用させていただきました。

【宝の地図の×印】(お題 by Discolo

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  • 2017/09/29 22:28:29

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