『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

101.ナナカワ様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
「こんにちは、いやあ、暑いですね」
 その視線の先の誰かもこちらに気づき、初対面だというのに片手を上げて挨拶をかわしてくる。
 私より一回りほど年下の、若い男だった。
「こんにちは。まあ、暑いのも無理はないだろうな」
「そうですよね、……はは」
 青年は軽く笑う。初めの雰囲気と見た目通り、良くも悪くも今時の青年だなと思ったが、特別に不快感はなかった。

「今からどちらかに行かれるんですか?
 青年が問う。私は深く頷いた。
「ああ、妻に会いに行こうと思ってな」
 それが、私が外に出ようと考えたきっかけだった。
「そうですか、俺と似てますね」
 何が似ているのか、青年は少しだけ嬉しそうに表情を緩めた。
「俺は彼女を探してて。どこにいるのかわからないんですよ。……見ませんでした?ショートヘアーで、茶髪で、背は俺と同じくらいで、服は、うーん何着てたかなあ」
 どうやら青年には探し人がいるようだ。
 ああだから、こんな暑い中外に出て私の家の近くにいたのか。
「いや、君以外には誰にも会っていないな」
 仮に会っていたとしても、それが青年の恋人だと判別できない気もしたが、これも何かの縁だ。
 もし妻に会いに行く過程でそれらしき人物を見つけたら、彼のことを伝えておいてやろうと思った。
「そうですか……。もし見つけたら探してたって伝えてください」
「ああ、分かった。……見つかるといいな、彼女」
 そうですね、と彼は再び少しだけ微笑んだ。
「貴方も奥さんに会えるといいですね」
 大丈夫だよすぐにでも会うさ、と伝えると、それはよかった、と返ってきた。
 偶然の出会いとはいえ、そう悪くないものだったなと思う。
「あ、それじゃ……俺はここで」
「ああ、気をつけろよ」
 会話はそこで終わった。
 互いにこれからするべきことがあるのだから、それもまた必然。
 私は若い彼の背中を見送った後―――彼とは逆の方向に歩き出す。

 それにしても暑いな、と再び汗を拭う。もう夏も終わりだというのに。
 しかしそれは自分でも言った通り無理もないだろう。今自分の歩いている横でも、時折炎が上がっているのだから。
 もう一度振り返る。既に青年の姿はなかった。
 青年の姿はところどころで立ち上る赤々した炎と、かつて建物だったものが折り重なった残骸と、人なのか木なのかも分からない何かに埋もれた背景に紛れてしまっていた。

 他人ごとではあったし、もう二度と会うこともないと思うが、彼が彼女を見つけることができればいいなと私は願った。
 願わずにはいられなかった。

 私は建物も人の姿も一切ない、赤と黒と灰にまみれた世界を再び歩き出した。
 さあ、私は妻に会いに行かなければ。
 私は彼と違って妻を探す必要はなかった。妻がどこにいるかは知っていたからだ。
 知らないふりをして、気づかないふりをして、閉じこもってしまっていたけれど。

 やがて赤々とした、一層強く炎が立ち上る巨大な建物が見えた。
 元は病院だったそこは、今や見る影もない。
 私は目的の場所に無事に辿りつけたことを知り、安堵の息を漏らす。
 私の妻はここにいる。

 さあ、彼女に会いに行こう。

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