『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

114.kisa様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。

 あの変な頭。間違えようがない。よりによって、こんな所で出くわすなんて。今日の俺は何てついてないんだ。
 勉強に飽きたからって、気軽にコンビニで気分転換しようなんて考えた数十分前の自分を後悔する。

 奴は十メートル先の橋の欄干から下を覗き込んでいた。まだ気付かれていない。見なかったことにして、回れ右する。来た道を戻ろうと歩き出した時、声を掛けられた。

「委員長?」
 
 聞こえなかった。俺は、何も聞いてない。疑問形だし、マインドコントロールという名のシカトがどうか有効であって欲しいと。
 そんな都合のいい話が…有るわけなかった。

「おーい、委員長!聞こえないの!?」

 この距離で聞こえないわけないだろ、察しろよ。

「委員長ってば!」

 ぐい、と後ろから肩を掴まれて仕方なく振り返る。

「ああ、俺のことだったんだ。」

 ああ、やっぱりコイツに空気なんか読めるわけなかった。そもそも、それが出来る奴ならシカトなんかしない。悲しい位にそれが身に付いてる性分の俺は…一応、フォローでもしとくか。

「ゴメンな、学校以外でそう呼ばれないからわからなかったよ。やあ田中、奇遇だな。」

 この俺に学校以外で愛想笑いをさせようとはな。覚えてろよ、今度地味に仕返ししてやるから。

「あ、そっか。ここ、ガッコじゃないもんね。でも並木、オレの声わかんなかった?」

「こんな所で会うなんて、意外過ぎて。幻聴かと思ったよ。」

 田中一太、あっさり風味な名前とは反対に、なんて面倒くさい奴なんだ。お前の声なんてすぐわかるに決まってるだろ、聞き流したくなる位に。

「あ、うん。実はオレ…委員長ん家に行くはずだったんだけど、迷っちゃって。したら、迎えに来てくれるんだもん。凄いよ!やっぱ委員長って委員長なだけある。」

 その無駄にキラキラした目はやめろ。鬱陶しいから省エネしろ、省エネ。普段から思ってたが、全力過ぎるんだよお前は。
 そして思い込みの激しい奴だな、田中。俺はただ歩いてたら面倒にぶち当たっただけだ。

「単なる偶然だよ、そんな都合のいい話があるわけ…。……何だって?」

 今。どこに、行こうとしてたって…?

「……委員長!オレ、委員長にこくは、だ、大事な話がある!」

 ……大丈夫だ、落ち着け、俺。コイツはただ、単語の使い方を間違ってるだけだ。
 勘違い、大袈裟、紛らわしい。それが田中一太。お前は知らないだろうけど、いつだって馬鹿馬鹿しい尻拭いをさせられるのは、委員長である、この俺なんだからな。
 そうだこの際、お前に正しい日本語の使い方とか常識を直々に教えてやったっていい。面倒だが仕方ない。今後の俺の平穏な学校生活の為だ、我慢して時間を割いてやる。
 だから田中。今すぐ、頼むから、顔を赤くするのはやめてくれ。

「えっと、田中……………。」

 なんて言えばいいんだ。ベストな選択肢が見当たらない。今俺は、絶対に間違えられない人生の岐路に立たされているのかもしれない。
 何だこの重圧感、受験よりよっぽど胃に悪い。清水の舞台より緊張感がある…て違う、飛び降りてどうする。早まるな、間違っても飛び込んではいけない世界だ。回避しろ俺、安全な道を切り開くんだ。
 よもやこの俺が、田中如きに絶句させられるなど…。ってだから、何だこの意味深な沈黙は!喋れよ!モジモジするな!一人でET友達ポーズもするなって!俺にこれ以上ダメージを与えるな!視覚の暴力だぞ、それ!

「昨日さ、委員長オレのことかばってくれただろ…生活指導の長田センセーから。」

「あ、ああなんだ、その髪のことか…。お前は非行でそんなことをする奴じゃないからな。第一、別に校則で禁止してるわけじゃない。」

 時間は有効に使った方がいいと、長田に耳打ちしただけだ。馬鹿は病気じゃない、死んでも治らないんだから無駄な説教は疲れるだけだ。その頭を見れば誰だってわかる。生活態度うんぬんじゃない。きっと馬に念仏を唱える方がいくらかマシだ。

「いくら何でも、目立ち過ぎとは思うがな。」

 本当に、どうしたらそんな頭になるんだか。

「えへへ。オレンジにしようと思ったんだけど。赤と黄色を混ぜて、でもアッシュ系も捨てがたいし、メッシュもカッコイイし。コントラストとかアシンメトリーとか色々考えてたら、迷っちゃって。どうせなら剃り込みも入れてみようかなって。五時間掛かったんだ。途中で寝ちゃった。」

「……………………。」

 それを一人でやったのか。そりゃ疲れただろう、カラーリングの途中で寝ちゃう位だもんな。だいたい、何故初めからオレンジを買わない。初めから間違ってるぞ、お前。お前みたいな奴が自分でやろうとしたことが、そもそもの間違いだ。もういっそ同情する。その頭にも、中身にも。

「来週までに何とかしなさい、って言われたから明日戻すんだけど。その前に委員長にお礼が言いたくて。」

 ああ、今日は土曜日だからな。その頭で制服を着られると困るんだろう、長田も。来年度の志願率とかPTAとか…多分、コイツの所為で何かあったら上から責められるのは長田だ。俺は絶対に教師になんかならないって今誓った。
 …というか、戻るのかソレ。もし戻ったらノーベル科学賞ものだと思うがな。

「いいんだ、お礼なんか。クラスメイトとして当然のことだから。」

 クラスメイトとして。それに今回は特別な労力なんて使ってないから、頼むから変な感謝の仕方はしないでくれ。昨日より、今の方が迷惑だ。

「でもオレ、皆見ないフリするし、委員長に助けて貰ってすっごく嬉しかったんだ。やっぱり委員長はオレの中で一番カッコイイよ!ソンケーする!」

 そりゃ通行人だって目を逸らすだろうな。俺だって出来れば通り過ぎたかったさ、長田に用が無ければ。

「だからオレ、決めたんだ。オレ委員長みたいな、カッコイイ男の中の男を目指す!その為に委員長と一緒の大学に行く!もう決めたから、それだけ言いに来たんだ!」

 ちなみに『行く』じゃなくて、『目指す』な。どうぞご自由に。
 ……後一年有るし、俺だってまだこれから本命を絞るつもりだったんだがな。しかし、俺だって決めだぞ。何がなんでも、もっと偏差値上げてやる。
 お前みたいな奴に大学まで付きまとわれたら、ゾッとするわ。多分、お前が一方的に話してたって友達だと思われるんだぞ。今もな、視線が痛いんだから。

「そうか、偉いな田中。そんなにヤル気があって。おかげで俺もヤル気が出て来たよ。」

 飽きてきた所だったんだけど、そんなこと言ってる場合じゃないって。俄然、意気込みも新たに頑張れそうだ。お前のおかげだ。いっつも迷惑な奴だと思ってたが、初めて役に立ったぞ田中。
 
 それにな、やっぱりお前日本語の使い方がおかしい。間違ってないけど誤解を招く。どう考えたって告白じゃなくて、宣言だろ。いらん心配させられたわ。
 じゃ、ま、帰るか。………ん?

「田中、その持ってる袋って……まさか。」

 いくらなんでも、お前でも。懲りただろ?

「あ、うん。わかった?黒いのと、茶色いの!念の為、白いのも買って来た!」

「…………………かせ。」

 何かもう、そんなに必死に勉強する必要も無いかなって。

「え、どゆこと委員長?…もしかして、委員長がやってくれんの!?わっわっいいのかな!」

 だから、変な誤解を招くから赤くなるなって。

「お前がやるより、マシだ。」

 その方が、オレも迷惑が掛からなくていい。長田も担任も助かるというか、泣いて喜んで内申がぐっと上がるかもしれない。クラス委員なんて面倒な役割引き受けたのもその為だ。
 今更面倒の一つや二つケチって週明けから精神的打撃をくらうよりは。染めるだけなら、そんなに時間は掛からんだろ。

「えへへ。やっぱ委員長、ダイスキ!」

 ………待て、だから、誤解を招くと。

「アイシテル!オレ、頑張っちゃうから!」

 勿論、受験勉強をだよ、な………?はは。
 何か俺マチガエタ?…どうして走って逃げなかったんだ、五分位前の、俺。

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