『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

117.たつみ暁

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
「コンニチハ」
 髪の毛からつま先まで銀ぴかの彼女が、無感情の顔で片手を挙げる。平坦な声が硬い鼓膜を叩く。
「ヤア」
 同じ色の手を振り返すと、きちり。所作に合わせて金属のきしむような音が鳴った。
「今日モ暑イデスネ」
 彼女の言葉に「マッタクダ」と同意する。
「0℃ヲ超エルラシイヨ」
 まったく夏は暑くてしょうがない。

 数百年前、どこかの誰かがトンデモナイ爆弾のスイッチをポチリと押しやがり、そこからこの地球は変わった。
 エヴェレストは吹き飛び、ナイルは干上がった。モンゴルの草原は紫色になって、マア・ライオンは灰色の空に水を吐き、ファラオの三角形はさかしまに。
 狂った星に向け小惑星はいくつもいくつも落ち、成層圏に吹き上げられた塵がめちゃくちゃになった大地を覆って、太陽光の届かない地上の気温は赤道直下でも氷点下になった。
 沢山沢山、生物が死に絶えた。
 ヒトも絶滅寸前だったのだが、そこで彼らは恐るべき進化を見せた。サルがヒトになった数百倍の速度で、今の地球に適応する身体を得たのである。

 今、我々の身体は銀銀ピカピカ。金属質の肉体はマイナスの空気を適温として生きられる。融点を超えると暑くて暑くてたまらないのが難か。
 昔この都心が35℃以上になる日があったなんて、冗談にしても笑えない。湯だって融けて、銀色のバタアになってしまう。
「モスクワハマイナス130℃ダソウデスヨ」
「ハハハ、ソレハ羨マシイ」
 彼女の言葉に苦笑を返す。もっとも、零下に耐えうる構造と引き換えに表情筋を失った顔は、乾いた笑いを紡ぎ出すのみだが。
「余裕ガデキタラバカンスニ行キタイモノダヨ」
 銀色の瞳を細める彼女に手を振り、ぶらぶらと歩き出す。
 相変わらず暑い。コンビニでドライアイスを買い込んで、バリバリ食べよう。

 灰色の空を見上げれば、23°傾いたスカイツリイが視界に映る。
 あの塔は今日も列島中に電波を撒き散らしているのだ。最早ただのノイズでしかない毒電波を。

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