『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

13.比紗由様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。「やあ」と手を挙げて首をかしげる。このクソ暑いのにまるで春風のように爽やかな笑顔に、俺はげんなりと肩を落とした。
「なんの用だよ」
 つっけんどんな俺の口調など気にもせず、親父がスイカの入った網を掲げる。仕事帰りなのだろうか、白いワイシャツ姿の外人とスイカは、ちぐはぐな組み合わせだ。
「一緒に食べようと思って。美味しそうでしょ?」
 照りつける太陽を浴びてきらめく金髪は染めているわけではない、地毛だ。瞳は今日の空のようなブルー。ちなみに俺は純国産。こいつは母親の再婚相手。母親より年下で、新婚ホヤホヤである。
「冷えてないスイカはうまくないから、あとで食うよ」
 俺が乱暴にスイカを奪うと、それは予想に反してとても冷えている。冷たさが心地よくて、俺はついスイカを抱えた。
「よく冷えてるから美味しいよ、一緒に食べようよ」
 流暢な日本語は人懐こく、やわらかい。
「……俺に変な気使わなくてもいいから。別に結婚に反対したわけじゃない」
 嘘だった。本当は少し反対した、心の中で。父と母が離婚したのは俺の小さいころで、以来ずっと母子家庭だった。慣れた環境に突然入ってきた親父には、違和感がある。しかも外国人、違和感は倍増だ。苦労した母に幸せになって欲しくないわけはない。母から結婚の話を聞いたとき、俺は心の中で反対して、即座に打ち消して、一人暮らしでよかったと思ったのだった。
「気を使ってるわけじゃない、一緒にスイカを食べたかっただけだよ」
 親父の澄んだ目に心を見透かされそうで、俺はつい目をそらした。
 俺はこいつを親父と呼んだことはない。付き合いは浅いがいいやつだと思っているし、嫌いにもなれない。もし大学の講師とか、バイト先の店長とかだったら、懐いていたと思う。
「無理することないよ、ゆっくり家族っぽくなればいいじゃない」
 親父が呑気に言った。勝手に俺のアパートに向かって歩き出すので、なんとなく並んで歩く。
「簡単に言うなよ」
 俺がふてくされると、親父はまた笑った。やっぱり春風だ。そういえば母が『春みたいな人でね』と、最初にこいつのことを切り出したときに言っていたっけ。
「お母さんは素敵な人だよね、ずっと一緒に居たいし大事にしたい。君ともうまくやりたいと思うよ」
 率直で飾りのないことをよく恥ずかしげもなく簡単に言うなあと思ったが、俺は何も言えなかった。手の中のスイカの冷たさが、俺のひねくれた心を癒している。
「うまくいくかもしれない、でも親父とは呼べないかもしれない」  
 俺が素直にそう伝えると、親父は「それでいいよ、僕は。名前で呼んでよ」と気軽に返してくる。
 なんだろうな、親父の言葉はさらさらと簡単に心をこじ開ける。俺はそれが嬉しいような、悔しいような、そんなよく分からない気持ちで、
「じゃあ遠慮なく。……とりあえずよろしく、ハル」
 と言ってみた。顔が火照るのは炎天下のせいじゃない。
「こちらこそ、よろしく、我が息子よ!」
 唐突に抱きしめられたものだから、弾みで腕の中からスイカが落ちて、アスファルトの上できれいに真っ二つに割れた。甘ったるい匂いが漂う。
「あほか!あちいわ!」
「いやごめん、嬉しかったからさ」
 ハルが離れる。ちょうど白い犬をつれた女の人が通りかかって、俺たちの様子を怪訝そうに見ている。恥ずかしさに汗が噴き出す。そんな俺を見て、ハルは笑顔のままだ。
 『おかしいのよ、春みたいな人で、名前もハルなの、名は体を表すのね』……母さん、ハルはもしかしたら夏かも知れない。

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