『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

18.桐島一家様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。


「あれどっか出かけんの?」
 そう親しげに声を俺に声を掛けてきたのは、親友というか悪友というか、小さい頃から良く見知った奴だった。
 その手には大きな鞄を二つぶら提げている。
「早いな。まだ約束の時間じゃないだろ?」
「いやー、そうなんだけどさ。ダラダラしてないでさっさと行けって追い出されちゃってさー。あ、これお土産」
 日に焼けて黒くなった腕が、一つの鞄を差し出してきた。中を覗けば、とうもろこしが数本入っている。
「母さんの田舎の畑で昨日取ったばっかのとうもろこしなんだぜ。すっげー甘い」
「ああ、悪いな。ありがとう」
 鞄を受け取った自分の腕は変わらずに白い。
「いやいや、夏休みの宿題を写させてもらうんだからこれくらいは当然でございますですとも!」
「手伝うとは確かに言ったけど、写していいと言った覚えはないんだけど」
 昨日の夕方、こいつは電話で宿題が全然終わっていないから手伝ってくれと泣きついてきた。
 自業自得と思って適当に返事をしていたが、そんなことを言った記憶はない。
「まあまあ、この賄賂に免じてそこはお目こぼしを!」
「宿題してる暇なかったわけ?」
「その分、夏を満喫してたからな!」
 こっちの呆れたような声音にも全く悪びれる素振りもなく、夏の青空を思わせるような笑顔を浮かべている。
 ここの暑苦しい日差しは、もうこいつには似合わない。
「はぁ。それなら賄賂のとうもろこしで宿題を手伝うとして。そこに、コンビニのアイスと今度千鳥のラーメンを奢るって言うなら、宿題写してもいいけど?」
 こっちが言ったところで聞くはずもなく、もう長い付き合いでその辺は諦めているのだが、それならとせめてたかってやろうと条件を持ち出してみた。
「よし、のった!」
「ただし、ラーメンは10回分な」
「おいいい!」
 前も同じような手であっさりと引っ掛かったこいつの脳みそを軽く心配してしまう。
「嫌なら、止めてもいいんだけど?」
 また額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
「よ、喜んで、奢らさせていただきます」
「それじゃあ、俺の家に鞄を置いてからアイス買い行こう」
 とうもろこしの入った鞄を持ち上げてみせる。
「隊長の仰せのままにー」
 あいつを先に玄関へと入れるために少し体を避ける。その時、あいつは俺の持った鞄をさり気なく手に取った。
 その動きに鞄を持つ手に力が入ってしまった。
「いいって、この時期は本調子じゃないだろ」
「ああ。うん、頼む」
 健康的に日に焼けた腕が俺の手に食い込んでいた鞄をさっと持ち去った。

 もう『外』へ行けるようになったあいつ。

「よし、行こうぜ。何かのアイスの限定味とかあるかなー」
 2人で並んでコンビニへと歩き出す。
 特に話すようなこともなく、暑苦しく調整された夏の大気の中をゆっくりと歩く。
「いつかさ皆で一緒に田舎に行こうな。俺だって行けるようになったんだ。お前だっていつか行けるようになるよ」
 俺は顔を上へと向けた。
 そこにあるのは突き抜けたような青空。でも、それは自然なものではなく作られた映像。
 ここで生まれて育った俺は、本物の青空も太陽も画面の中でしか知らない。
 ここは、シェルターの中でしか生きられない人たちのために作られた街。
「そうだな。いつか一緒に真っ黒に日に焼けて、どっちが黒いかと馬鹿やってみような」

 それが叶うと信じて。


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