『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

57.古深ろっか様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
  家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
  額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
  そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。

 「よーう少年、こんな時間にどこ行くんだ?」
 「こんな時間って真昼間さして使う表現じゃなくないか」
 「はっ、オレに常識を求めるなんて百年遅いな」
 「サバ読むなよ、もう三百年くらい足りないんじゃないか」
 さんさんと降り注ぐ太陽の光を浴びながら、一向に日焼けする気配のない真っ白い肌と血を凝り固めたような真っ赤な目をした男がにかりと笑う。仮にも魔人にカテゴライズされる奴が、こんな健全なオーラを纏っていていいものなのか。
 「いーじゃねーかよ、たまには人間だった頃の気分に浸ってもよ。オレがここにいることで誰かが迷惑してんのか?」
 「魔道具屋の店主が『バイトが蒸発したぁ!』って泡食ってたけど」
 「相っ変ぁらず大げさな野郎だな」
 「肩を竦めるな。鼻で笑うな。速効店に戻って土下座してこい」
 「なんでテメエに文句つけられてんだ、オレ」
 「お前がロックかけた金庫にしまってある道具を買いに来たからだ」
 「あぁ、今日は客なのか」
 ようやく気が向いたのか、ひょい、とバルコニーか何かから飛び降りるような仕草でもって魔人が地面に足を付ける。なんだって空中浮遊なんて真似をしていたのかは分からない。こいつの行動は大概理由を置き去りにしている。
 「ロックかけたやつってーと、あれか、惚れ薬」
 「どうしてそんなものが魔道具屋にあるんだよ……」
 「知らね。買い付けはおやっさんの仕事だ。で、誰に使うんだ、惚れ薬」
 「今そんなものがあるって知った俺が使い道考えてあるわけないだろ。欲しいのは魔石だよ」
 「んな普通なもん買っても面白くねーじゃん」
 「面白さなんて求めてない。試験の準備に要るんだよ」
 「へぇ、もうそんな時期か」
 頭ひとつ分も背の高い体を覆う深紅のローブを引っ掴んで引きずっていると、ふと魔人の足が鈍った。赤い瞳が虚空をなぞる。何を黄昏てるのか知らないが、俺の負担が増すからキリキリ歩いてほしい。
 「いって、脛を蹴るなよ脛を」
 「炎縄使わなかっただけマシだと思え」
 「この炎天下に火属性とか、アホか!」
 「だから使わなかっただろうが! あぁもう、連れ戻すなんて言うんじゃなかった」
 「なんだ、パシられたのか」
 「違う、れっきとした仕事だ。対価は値引き」
 ニヨニヨしだした魔人の脛をもう一発蹴っ飛ばして角を曲がる。どこぞの貴族が道楽で作ったアーケードの影に入った。たったそれだけでずいぶんと体感温度が変わる。
 「お、おやっさん発見。おーい」
 「! この馬鹿、何店開けっぱなしで出歩いてるんだ!」
 「ぅおっと」
 が、それも一瞬のこと。俺が使用を見合わせた炎縄が網のように通りの半ばから伸びてきた。魔人を置き去りに慌てて飛びのき、見事に絡め取られ青筋を浮かばせた店主の元へ運ばれるのを見送る。温度調整はされているだろうが、かすっただけでも火傷を負いかねない。そう、人間の俺ならば。
 「………」
 時間の経過を語る度、どれほどの日差しを受けても汗ひとつかかない横顔に気付く度、どうして俺のほうが居たたまれない気分にならなければならないのだろう。一瞬ですっ飛ぶ寂しげな笑みにぐっと眉根を寄せ、
 「ロックの解除呪文を忘れただとぉっ!」
 「何抜けたこと抜かしてんだこのダメ魔人!」
 店主の怒号を耳にした途端便乗してしまった。こんな奴に同情するなんて、やっぱり俺には無理な話だ。

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