『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

62.貨物様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
 その人はぽかんと口を開けたまま空を見上げているので、習うようにして首を九十度上げて、目細める。先程まで降っていた夕立が止んだ暗雲の隙間に出来たヤコヴの梯子が見えたのだ。なるほど見知らぬ男もこれを見ていたのかと思ったところで事態は急変した。
「わぁああんどいてどいてぇえええ!!」
「…あ?」
「どーいーてーぇえええ!」
「んなっ人が…ッ!」
 ○月×日△曜日、夕立後の昼下がり。頭上に流れ星が墜落した。

 頭に氷のうを乗せながら腕を組み目の前のソファで申し訳無さそうに正座をする少女を睨み付けた。足元で項垂れる少女は、大学二年の夏休みを満喫する俺と同い年くらいに見える。その少女は金色ではなく、黄色に近い髪色をしておりショートの毛先を軽く外に跳ねさせながら同色の瞳で俺を見上げては恐る恐るといった感じで室内を見回している。
 本当に頭の痛いことだが、なんと目の前の少女は自らを「流れ星」だと名乗った。
「……流れ星、でいいのか」
「あ、はいそうです。ええと……私は銀河三億光年三百群二番隊平隊員、はくちょう座流れ星です…」
「いやなんかもうお前の事情は如何でもいいや」
「ですよね、すみません…」
 俺のかけた声に少しだけ顔を上げたものの、少女は視線を再び下ろしてしまった。確かに真黄色に近い髪や瞳を持つ人間なんてこの現実世界には存在しないはずで、この容姿を見るだけでも少女がこの人間界の存在ではないことが頷ける。
 急に俺の頭上に落ちて来た少女は今まで銀河にいる流れ星の家族と一緒にらしいのだが、うっかり群から逸れ地球に落下して来たと言う。これからまた銀河に戻る為には再び流れ星になり空を飛ぶしかないのだが、なんとこの流れ星と言う存在は、その縦社会の中でもトップの総括本部と呼ばれる場所で飛ぶ時間や場所、誰が飛ぶか、飛距離はどのくらいか……と物凄く細かく決められているらしく、三日程待たないと空を飛ぶ許可が貰えないらしい。
 これだけ非現実的な話を真面目にされれば半ば自暴自棄を伴いながらも認めざるを得ない。先程、夕立が過ぎたのを見計らってコンビ二でも行こうと玄関を出たところで頭上から声がして、空を見上げた時は何かがキラリと輝き凄まじい勢いで落下して来てそのまま頭に当たって―――…
 気が付いたら目の前で女の子が馬乗りになっているという状況下に陥ったのである。にわかに信じがたい話ではあるが体験してしまっている以上大筋認めなくてはならない面がある。これなんてラノベ? と思ったのは日本人の性だと言って置こう。
「ここは地球ですよね? 私いつも銀河から見てました!」
「……うん、まあ地球だけど」
「みんな、私達が通ると見てくれるんです! 他の星では流れ星の私達を見ると網持って銀河の果てまで追い掛けて来るんですよー。地球の上を飛ぶ時は安心だし楽しいから良く覚えてます!」
「は? 他の星?」
「はい! 水星人とか木星人、あと太陽に住む人が……」
「わああああああ! 言わなくて良い銀河への浪漫が崩れるッ!」
 ぎゅう、と口を開きかけた少女の口を押さえ込んで俺は激しく頭を働かせた。
 生命が存在しているのは今のところ地球のみだと言われていて、俺が餓鬼の頃に信じていた宇宙人や異星人の存在、UFOも未だ発見されてはいない。
 そして、もしもこの流れ星を追い掛けているのが地球外に住む何者かだとしたら、あの広い銀河には地球の他にも生命が生きる星があると言うことになる。そんな事実が発覚したら今まで銀河の謎を追い駆けて来た人間達が築いてきた全てを打ち壊す重大な発見になってしまうかもしれない。
 俺一人が喚いたところで誰も信じはしないだろうが、今こんな形で知ってしまうのは不本意だ。
「むむー!」
「……とりあえずもう銀河の話しはしなくていい」
「っぷはぁ! 分かりました! ええとじゃあ本部から連絡が来るまでお世話になります。不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
「あぁ何も出来ないけどゆっくりしてけよな。………え?」
「私地球に降りるの初めてなんですよー! いつも上から見てたんですけどあの青いところに人間は住まないんですか? あとなんで地球の人って私達を捕まえないんですか? あと地球の上を飛んだ数人の先輩隊員たちが急に消息を絶つんですがあれってどうしてですか?! 地球七不思議なんですよー!!」
「………待て」
「なんですか?」
「お前ここにいるつもりなのか…?」
「そうですよ。だって私知人なんいませんし、あとは銀河しか行く場所在りませんから」
へらり、と笑った自称流れ星に俺は頭を抱えた。

「うわあああああ! 私がいるー!」
 キラキラと目を輝かせてクレープ屋を見つめる少女の後ろからひょいと覗き込むと、そこにはトッピングのアラザンが星の形をしているクレープの食品サンプルが幾つも並んでいた。
 絶対に三日後には帰りますから、と頼み込んで来る少女に押されて大学進学を期に一人暮らしを始めていたむさ苦しい男のワンルームには異星人の女の子が泊り込むようになった。最初こそドギマギしたものの、自由奔放で人間そのものや地球に興味津々なシ少女とそういう展開になることは無く、残念な気持ちを押し潰しながら二人で街へと出掛けてきた。
「…それ食えるんだぜ」
「ち、地球では私達を食べるんですか!?」
「違うよ、馬鹿。これはただ形が似せられてるだけでお前達じゃない。……すみません、これひとつ」
 ありがとうございます。
 そう微笑んだクレープ屋の店員に俺も愛想の良い笑みを返して、今はクレープの作られる工程を食い入るように見つめている少女の横顔をちらりと見遣った。生地が熱い鉄板へと丸く広げられ、直ぐに表面が乾き始める。それを店員が手早く持ち上げ移動させた上に苺やクリーム、チョコスプレーを振り掛けた。
 顔を上げた店員は自分の手元を食い入るように見つめていた少女に気付き、一つ微笑むと先ほど星のアラザンを気に入っていたことを覚えていたらしく「星、たくさん入れておきますね」と微笑み掛けた。
 その微笑みを向けられた少女は頬を染め、嬉しそうに大きく首を縦に振った。
「はい、御待たせしました」
「うあああ見て下さいこれ凄いっ!」
「はいはい良かったな。……あの、ありがとう、星」
 お金を渡せば店員は微笑んで会釈を返すので、俺も小さく会釈を返した。それから、両手でクレープを持って突っ立ったままの少女の後ろ頭を撫でるように軽く叩いて、近くのパラソルの立つ席へと誘った。
 まるで初めて三段重ねのアイスクリームを持った子供のように両手でクレープを握り締めたままギクシャクと歩く少女を見ていると可笑しくて、先に席に着いた俺は頬杖を付いて少女の歩く様を見つめた。
 やがて時間は掛かったものの席に付いた少女はじ、とクレープを眺める。
「どうした?」
「……うーん…これってどこから食べるんですか?」
「…その、巻いてある白い紙以外は全部食えるからどこでも良い」
「へー…。えっといただきます」
 銀河でも食べる前にいただきます、と言うのか。とかそもそも星って食欲があるのか、とか。どうでも良いことを考えながらも俺は大きな口で一口クレープを頬張った少女を眺める。
 出会った時からリアクションの大きい少女のこと、次はどんな反応を見せるのかと俺は少し期待して見つめて見る。
「………」
「どうしたんだ、美味しくないのか?」
「…なんだろう、なんて言うんだろうこの味…。ふわふわで、つぶつぶしててぐちゃ! ってなってそれから星がサクサクしてる!」
 感じる感覚は一緒なのに味覚が少し変わっているらしい。
 何と無くふわふわは生クリームでつぶつぶでぐちゃ、と言うのは苺だろうと言うのは分かるのだが小難しい顔をしてクレープを頬張る女の子はそうそういない。そう思うと俺の顔には笑いが込み上げる。
 思わず噴出してしまえば、不思議そうに首を傾げた少女と目が合う。綺麗な綺麗な、夜空の星の色。
「まぁ甘くて美味しい、っていうんだ。そういうのを」
「ふーん……でも嫌いじゃない。銀河にはこういうの無いから帰ったら懐かしくなるんだろうなー」
「そうか」
 美味しい。
 一度、呟いて微笑んだ少女は頬にクリームをつけたままにこりと笑った。思わず溜息混じりに頬に付いたクリームの位置を教えてやれば、お約束のように少女は先ず逆の頬を押さえた。溜息と苦笑混じりに違う、と教えてやると少女は次こそ確りと生クリームを人差し指で拭いあげた。
 一々騒がしい少女といるのは不思議と、苦痛に感じない。何と無く、この底抜けに明るい性格が昔好きだった人と似ているからなのかもしれないな、なんて考える。
「…いる?」
「じゃあ少し」
「はいどうぞ」
 ぐい、と俺の目の前に差し出された人差し指の生クリーム。
 一瞬で思考がショートする。
「そっちかよ!!」
「え、だってこっちの大きいのは私のだもん!」
「もういいからどっちもお前が食えば良いだろ……」
「でもいるんでしょ? 少し。しょうがないからこっちで良いよ」
 再びぐい、と俺の目の前に差し出されたのは食べ掛けのクレープ。
 こちらだと間接キスになりあちらならば指を舐めると言う行為になるかの二択しか無いんだな、なんて食べるという選択をしてしまってから浮付いた展開にわざとらしい杞憂を装って、なるべくクレープの端っこに噛み付けば甘酸っぱい苺とふわりと甘い生クリームの味が咥内に広がった。
「美味しいね」
「……うん」
 本当、嬉しそうに笑いながらクレープを食べる人なんて、始めて見た。

「いやーお世話になりました!」
「おう。意外と早く許可が出たんだな」
「はい! 一日と半分お世話になりました!」
 一度頭を下げた少女はもう完全に太陽が沈んだ星空の下で微笑んだ。
 俺の住むアパートの駐車場の真ん中に立った少女は空を見上げて目を細める。と、黄色い髪や白い肌が急に白く発光し出す。おおよそ現実とは思えない出来事に眩暈がしそうになりつつも、俺は目の前の流れ星少女を見つめる。
 これでサヨナラだ。
「じゃあ、もう逢うことは無いでしょうけれど地球で過ごした日のこと忘れません! さようなら!」
「……あぁ、ま―――」
 ふっ、と光が消えた。
 何かが心の中から無くなる。
 今俺は何を言い掛けたのだろう。
 もう二度と逢うことの無い流れ星に、「またな」と?
 良く分からない感情が心に込み上げた。ただ、込み上げた理由だけは分かる。
 満面の笑みで笑う名前すら聞けなかった少女が目の前にいないからだ。慌てて見上げた。空には、視界の左から流れ星。

「お前と一緒にいたいお前と一緒にいたいお前と一緒にいたい!!」

 昔好きだった女の子は星が好きな子だった。遠くへ引越すと告げられた日の夜、一つの流れ星を眺めてあの子が呟いた言葉を思い出す。
『あのね、流れ星が消える前に三回願い事を言えたら……それが、叶うんだよ』
 目の前で、今まで笑みを絶やさなかった黄色の瞳の少女が涙をぼろぼろと零しながら突っ立っていた。
「なんで、わたし、ここにいるの……?」
「知らないのか、お前等。流れ星に三回願いごとを言えたら…それが、叶うんだ」
「だから先輩達、帰ってこなかったんですかね……? 誰かのねがいごとをかなえた、から、」
「あのさ、星のお菓子はまだまだいっぱいあるんだ。明日にでも、食べに行かないか?」
「………はい」
 その涙の訳は聞かなくても俺には痛いほどに良く分かった。空を駆けた流れ星が後引く白い尾が、流れ星の涙の跡なんだと分かったから。少女の短い髪をぐしゃぐしゃに撫で回して俺は背の低い少女と額を合わせて笑い合う。

 ○月☆日□曜日、快晴の星空。流れ星を捕まえた。

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