『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

65.翔様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。
 これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
 あれは…。近づこうと思って駆け寄る。
 しかしたどり着かない。いやたどり着いたが何もない。
 確かに誰かがいたはずだ。
 そう思うも誰がいたのかはわからない。
 埒があかない。そう思い考えるのを諦め、目的の場所へ歩き出す。

 今は午後6時。まだ明るい。
 しかし出かけるには遅すぎる時間だ。
 ため息をつく。生温く重い息が自分の口から出る。
 こんなに暑いのなら外に出なければ良かったかもしれない、と少し後悔しながら駅へと向かう。
 帰宅中の学生や会社員とすれ違う。なんだか人が多い気がした。
 そうか、そういえば夏休みなんだ。
 外に出ることがめっきり無くなってしまっていたため少し新鮮で、
 そして空しさを覚える。
 人の多い駅の改札を通る。この時間帯、反対の電車は満員だった。
 人の少ない上り電車に乗り、人が溢れるようにでてくる反対ホームを眺めた。
 冷房はきいているが自分の火照った体の周りにはまだ熱気がまとわりついている。
 何度目かわからないため息をつく。
 いくら他のことを考えようとしても考えられなかった。
 彼女のことしか考えられなかった。
 彼女にとって俺は親友。
 だけど、俺にとっては親友とかに収まるものじゃなかった。
 好きで好きでたまらなくて、四六時中考えていた。
 彼女は誰からも好かれる、明るい子だった。
 だから男もよく寄ってきてた。
 そんな時はいつも見たくなくて少し距離をおいてしまう。
 他校であることもあり会うことも少ないけど連絡はたまにしていた。
 お互い相談も持ちかけたりした。
 ただ、最近は返信が来なくなってきていた。
 悪い想像しかできなかった。

 彼氏ができたのだという悪い想像。

 聞きたいけど聞けない。たった一言なのに。
 何度も電話帳を開く。
 何度も通話画面を開く。
 何度もメール作成画面を開く。
 たった1つのボタンがおせなかった。
 無性に自分に腹が立つ。



 窓の外の景色がどんどん変わっていく。
 自分の町からどんどん離れていく。
 思い出の場所へと向かう。
 たった一度、手を繋いだあの場所へ。
 これでけじめをつけて諦めるために。
 目的の駅に着く頃にはすっかり日が傾いて、ホームを赤く染めていた。
 ドアが開くと熱気が全身に絡みつく。
 懐かしい風景を眺めながら歩く。
 ここだったな。そんなことばかり考える。
 そうしているうちに土手にたどり着く。
 人はまばらで、犬の散歩などをしている人ばかりだった。
「ここで二人で花火をみたんだよな…」
 ふと口からこぼれる。
 友達数人と行った花火大会。
 二人だけはぐれてしまった。もうはぐれないようにと手を繋ぎ、花火を見た。
 たったそれだけなのに、とても大切思い出となった。
 携帯を開き、なんとなく今までのメールを読み返す。
 くだらないこと話したり、愚痴ったり、慰めたり。
 そんなたわいもないメールなのに、だけどそのたわいもないメールが嬉しくて。
 読み返せば読み返すだけ悲しかった。

「けじめ…つけなきゃだろ…」

 メールを削除するために操作する。
 一つボタンを押せば全て消える。
 携帯を睨み付けながらボタンを押す。


 しかし削除されなかった。
 何故か通話画面になっていた。
 タイミング良く誰かが電話をかけてきたようだ。
 慌てて電話にでる。

「もしもし?」

 聞き覚えのある声。
 彼女からだった。



 全身が火照った。
 驚いた。
 嬉しくてたまらなかった。

「聞こえてるの?」
「聞こえてる」

 色んな言葉が溢れそうになる。だけど声にならなかった。
 言いたいことがいっぱいあるはずなのに。
「今忙しかったりする?」
「いや…暇だよ」
 私も暇だから電話したんだーという無邪気な声が聞こえる。
 お互いの近状やたわいのないことを話す。
 楽しい。
 そう思うと同時にちくりと胸が痛む。
 悪い想像がちらつく。
 なんでこんな時にとため息をつく。
「どうした?ため息ついて。」
 ああ、しまったと思いとっさに言い訳を探す。
 必死に頭を働かせようとするが暑い風がまとわりつきうまく頭がまわらない。
「何かあったなら相談のるよー。」

 相談…。

「俺、第一志望校諦めた。」
「いきなりだね」
 思ってもなかったことを咄嗟に話してしまった。
「なんで諦めたの?行きたくなくなったの?」
 本気で受け止めてしまった彼女にどう説明しようか悩んでいた。
 とにかく話を繋げなければと思った。
「なんか、手が届かない気がした。」
 なんとなく、彼女のことを重ねて話した。
 手が届かない、俺には無理だと悲観的になって。
 気付くと彼女は黙って俺の話を聞いていた。
 言い過ぎたかな。と少し後悔してると
「あんたはすぐ悲観的になるね。くだらないこと考えてないで今できることしなよ。」

「諦めたら駄目だよ」

 ハッとした。
 何かが俺の中で吹っ切れた気がした。
 今すぐ会わないといけない気がした。
「今どこにいる?」
「え?今?今家だけど…」
「今から行くから待ってて」
 え、ちょっと。という声が聞こえたけど切った。
 一刻も早く行かなければならなかった。ここからならそう遠くない。
 走って彼女の家に向かう。さっきまで暑さで動けなかったのが嘘のように全力で走る。
 家に着く頃には汗だくだった。だけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
 インターホンを押す。
 がちゃりとドアが開く音がする。
「本当に来たんだ。どうしたの?いきなり。」
 心臓が鳴りやまない。
 うるさいくらい内側から叩いてくる。
 頭の中は彼女への想いでいっぱいだった。
 少し笑いながら問いかけてくる彼女。
 想いが溢れる。

「俺ずっと言えなかったけど」

 顔が火照る。
 声が震えてうまくでない。
 だけど伝えなきゃいけない。今しかない。
 この気持ちを言葉にする。

「お前のこと好きだったわ。めっちゃ好き。」


 自分の家に着く頃にはすっかり涼しくなっていた。
 夕方の熱気が嘘のようだ。
 ふと家を出たときのことを思い出す。
 あの先に…誰かがいた気がしたんだよな。
 きっとそれは陽炎だったのだろう。

 これからはもう涼しくなる。
 だからきっと陽炎も見ることはないだろう。
 涼しくなったら、彼女をデートにでも誘おうか。
 そんなことを考え家に入る。


 もう諦めたりしない。これからは。

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