『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

66.一時様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
「よお」
 隣の家の壁に寄りかかって、ひらひらと手を振っているのは、幼馴染の智広だった。
 小学校に入る頃に越してきて以来の付き合いになるので、かれこれ十四年ほどの付き合いになる。小中高大と同じ学校に通い、なんだかんだと付かず離れずやってきた。所謂腐れ縁というやつだ。
「レポートはできたのか?」
 眼鏡を押し上げながら意地悪く聞いてやると、彼はとても嫌そうな顔をした。
「これだから、真面目君は困るんだよなー」
 と言いながら、やれやれと肩を竦める。智広は俺と違って、あまり真面目な方じゃない。成績も素行もそんなに良くはない。
 だが、人当たりの良い性格で、驚くほどたくさんの知り合いがいたりする。一方俺は、勉強は好きだが、対人関係は苦手な人種だ。
 全く違うタイプの人間なのに、時々こうやってつるむのだから不思議なものだ。
「で、なんでこのくそ暑い中、こんなとこにいるんだ?」
 炎天下の中、智広が立っていた理由を尋ねる。その問いで、やっと当初の目的を思い出したのか、智広はそうだったと手を叩いた。
「今日の花火、一緒に行かね?」
 瞬間、時間がループしたような錯覚に陥る。友達の多いはずの智広は、どういうわけだか毎年、花火大会には俺を誘う。それは小さいときからの決まりごとのようになっていた。
 いつも通り「構わない」と言いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。確か、智広には最近合コンで知り合った可愛らしい彼女ができたはずだ。
「彼女を放っておいていいのか?」
 そう尋ねると、智広は不貞腐れたような顔をした。
「……あー。今お盆だろ。あいつ地元に帰っちゃってさ」
 さみしーの、と智広は冗談っぽく笑う。首を傾げ、甘えたような仕草が妙に似合っている。
 ああだからか、と納得する反面。少し寂しいと思う。
 俺は彼女がいない間の間に合わせにすぎないのだろう。そんな空しい考えが頭をよぎる。
 俺はもうずっと前からこの男に恋をしている。自分の気持ちに気づいたのは高校生の時だったような気がする。
 もちろん俺の心の内など智広は知らない。知られたくもない。
 いっそ、知られてしまって今の関係全てを壊してしまいたいような気もするが、それだけの度胸はない。
 智広は戯れに俺に蜜をやる。だから、俺は時たま与えられる蜜で満足をする振りをする。
 それだけで十分だ。十分なはずだと俺は自分に言い聞かせる。
「……たこ焼き奢れよ」
 俺は了承の代わりに、物を要求した。
「オッケー、じゃあ、六時に家の前で」
 智広は気を悪くした様子もなく、嬉しそうににこにこと笑っている。全ては智広の思い通りだ。
 機嫌の良さそうな智広が無性に憎らしくなって、俺は彼を置いて歩き出す。
「今からどこ行くの?」
 背中から声がする。
「……コンビニ」
 俺は、振り向かずに答える。
「じゃあ、俺もついて行くかな。暑い。アイス食いたいー」
 歩き出した俺の後について、智広も歩き出す気配がした。
 見上げると、高く青い空に、大きな入道雲が浮かんでいる。
 今年の夏もまだ終わらない。

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