『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

80.エマニエル坊や様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
 ――立っている? いや、違う。立っているのではなく、浮いている。地面に足はついておらず、透明の台に乗っているかのように地面から定規一本分ほどの高さに浮かんでいる。
 それはアスファルトからの強い照り返しを受けてまるでかげろうのように揺らめき、銀色の細長い、まるで針金のような腕をゆっくりを動かしていた。その仕草は、まるで彼にこっちへ来い、と誘っているようだ。
 魅入られるように、彼は足を踏み出した。
 一歩、一歩と近づいていくごとに、何も考えられなくなっていく。その足取りは夢遊病者のようにおぼつかず、彼の意思というよりも、何か見えざるものに引きずられているかのようにも見える。
 真っ黒な楕円形の目が、まっすぐに彼を見つめている。手が届く距離まで近づいてきたところで、その瞳が、まるで微笑んでいるかのように形を変えた。

「ようこそ、地球人」

 二重、三重にも重なった不思議な響きを持つ声が、頭の中に直接語りかけてきた。彼の身体は光に包まれ、そして次の瞬間、二人の姿はその場からかき消された。

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