『同じ書き出しでどれだけ違うストーリーを作れるか』お試し企画!

83.逆杯様

 たまたま、外へ出ようと考えたのは数十分前のことだ。
 家の外へ一歩出ると、ねっとりとした熱い空気が全身にまとわりついた。これから季節は涼しくなっていくというのに、まだ暑苦しさが残っている。
 額から頬にかけて流れ落ちる汗を乱暴に手の甲で拭う。
 そのまま手を下に下ろすと、少し先に誰かが立っているのに気付いた。
 ナツだ。直感で俺はそう悟った。

「おやぁ……? 誰かと思えばアキさんじゃありませんか」

 棒アイスを吸い込むように食べながら炎天の青空をぼーっと見つめていたそいつは、
 気配に気づいたのか、急に俺のほうを振り向くと好奇の笑みを浮かべて近づいてきた。
 夏みかん色のジャケットにしましまボーダーのシャツ、短いジーンズの姿は夏が始まる前と変わらない。
 今年は雲が多かったからか、ショートの黒髪に入道雲のヘアピンを付けている。
 それはちょっと、ださめだ。

「“季節交代”は明日からのはずですが?」
「ずっと詰所にいるのも退屈だからな。ただの散歩だ。他意はないぞ」
「なァんだ。アタシに会いにきてくれたのかと思ったのに」

 舌を出して右斜め45度上へそっぽを向いたナツは、口を尖らせて俺を罵倒する。

「大体あなた少し、夏が嫌いすぎるんですよ。フユちゃんとはあんなに仲良くしているのに、
 アタシと言葉を交わすのなんて一年に一回あるかないかじゃないですか。
 頭お花畑のハルくんのほうがよっぽどアタシにやさしくしてくれますよ。イケメンだし」
「イケメンでなくて悪かったな。それに俺はお前とは合わん。
 夏ははしゃいで、はしゃいで、はしゃぐ季節だ。変わって秋は落ち着き、味わい、楽しむ季節。
 根本的にベクトルが違うんだよ。実際年末の飲み会じゃ、お前とハルのテンションにはなんとも頭を痛くされる」
「えー、秋だって運動会とかあるじゃないですかァ。自分の担当季節のせいにしないでくださいよ。
 アキさんの好みの問題でしょ、それは。アタシみたいな活発美女よりフユみたいな清楚美人が好きってだけで」
「ああ。少なくとも、自分のことを美女とかいうやつを好きにはなれんな」

 俺がコートの袖で首の汗をぬぐいながらナツに言うと、ナツは「ぐぬぬ」と言って黙ってしまった。
 右手の棒アイスからぽたぽたと滴が落ち始めていることには気づいていないご様子だ。
 そういうところが可愛いを通り越して残念オーラを放っていることに、こいつは何年たっても気づかない。
 こんなのが同僚にいるという事実に俺は改めて頭がクラクラする思いだ。

「まあ、いい。どうせ明日から三か月はまたお前の顔を観ないで済むしな」
「けーっ。せいぜい頑張って、季節の平和を守ってればいいですよアキさんは。そんでフユちゃんといちゃいちゃしてればいいじゃないですか」
「そんなことをするつもりはないが、俺の務めを邪魔はするなよ、ナツ」
「しないですよ。てか去年もしてないですからね? あと一か月とか猛暑が続いてもそれ、
 アタシのせいじゃなくて地球(しゃちょー)の意向ですから。アタシは悪くありません」
「地球(しゃちょう)の考えは俺にも分からんが、去年に関してはお前も少しはしゃぎすぎていたと聞いたがな。今年は……ま、例年通りか」
「でしょう? 完全完璧な感じでリレーしてやるんだから、もっとアキさんはアタシのこと誉めるべきだと思うけどなー」
「じゃあアドバイスを言わせてもらうが、アイスが地面に落ちてるぞ」
「え?」

 俺に言われてようやくナツは、自分が棒アイスを食べている途中だったことを思い出したようだ。
 右手を見る。その先のアイスを見る。
 棒アイスはナツが生み出しているこのねっとりとした熱い空気にほだされて、
 ビニールの筒からツルリと抜け出し、アスファルトにてただの甘い水へと変わっていく最中だった。
 ナツはそれを見て、一回こっちを見て、もう一回地面を見てしゅたっとしゃがみこむと、

「うわあああああアタシの棒アイスがぁああああああああああん!!」

 自称美少女な顔が台無しになるようなオーバーリアクションを、暑い夏にとどろかせた。

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